11/18/2007

AR Navigator 2007 No.26 佐野先生のミニゼミナール(2) 仮説はこれでいいのかな?

佐野先生のミニゼミナール 第2回 ARの質問に答える(2)

  松山大学  佐野正之

 みなさん、こんにちは。「ARの質問に答える(1)
」は読んでいただけましたか。少しは役にたつ情報がありましたか。今回もまた、「うーん・・」と考え込むような質問です。

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質問:仮説はとても大切だと思います。私もずいぶんと考え、苦労して立てた仮説なのですが、実際にやってみると、これが本当によいのかどうか自信がもてません。どうしたらよいでしょうか。
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佐野先生:
 この質問の答えに悩んでしまう理由は、答えはあるようでないからです。理屈で言えば、仮説が良いか悪いかは、直面している問題の解決にどれだけ成功する可能性があるかで決まるわけですから、「上手く問題の解決に繋がる仮説であれば、それはよい仮説で、繋がらない仮説は駄目な仮説だ」ということになります。ですから、「仮説が良いかどうか」と悩んでいるよりも、実際に2週間程度は実践してみて、その後の生徒の様子を見て判断するのがひとつの方法です。変化はすぐに出ないので、勇気を出して粘ってみることも必要です。ただ、それでも仮説に自信は持てないかもしれません。仮説が合うか合わないかは、ちょうど仲人さんがお見合いを設定するようなもので、幸せなカップルになるかどうかは、結婚してかなり時間を経過しないと分からないのですから。と言っても、これでは質問に答えたことにならないでしょうね。回り道になりますが、例を挙げて説明しましょう。

 アクション・リサーチはよく医療に例えられます。先生が医師で生徒は患者です。患者が気分がすぐれないで医師を訪れたとします。すると医師は、問診やらレントゲンやら心電図などで患者の体調の原因を探ります。原因がすぐに分かる場合は、それに対処する処方箋を作成し、注射とか投薬とかの手当てをします。でも、すぐに原因が分からないこともよくあるでしょう。その場合でも、医師は患者を投げ出すわけにはゆきませんから、もっとも可能性の高い原因を考え、それに対応する処方を設定し、しばらくはそれを実行してみて、患者の様子が改善に向かっていれば処方を続け、向かっていなければ、別の処方を考えることになります。

 アクション・リサーチの場合も、生徒の実態を調べるために事前調査を実施し、改善に役立つだろう対策を「仮説」として設定します。だが、困ったことに、病気の場合よりも英語授業の場合には要因が複雑に絡んでいて、加えて、レントゲンや心電図のように正確に原因を探る方法も確立していません。せいぜいのところ、アンケートで調べたり、観察したり、小テストで英語力の診断をしたりすることができる程度です。ところが、地域や学校の教育環境やクラスの人間関係など、教師だけでは対応でき要因が授業を妨害することがしばしばあります。ということは、教師がどんなに緻密な仮説を立てたところで、上手くいかない場合もあるということです。ですから、「この仮説はどこでも、誰がやっても、絶対に誤りがない」と言い切れる仮説を立てることは不可能なのです。

 というと、ずいぶん悲観的に聞こえるかもしれません。しかし、これは客観的な事実ですから、事実は正直に認めるべきです。これを認めた上で、「現状の中で、この生徒の状態をすこしでも改善するために、私に何ができるだろうか?」と考えることからアクション・リサーチは始まるのです。もし、絶対に誤りのない対応策がわかっていれば、最初からその対策を実行すればよいわけで、それが明確には分からないからアクション・リサーチで解決策を探るのです。しかし、やみくもに対策を試みても、事態を好転させるどころか、悪化させるだけに終わるでしょう。ですから、できるだけ事前調査をいろいろな方法でやって、生徒の問題点を正確に探ることに努めなければなりません。また、生徒の協力を得て、一緒に授業改善に取り組む姿勢になってもらうように説得し、また、場合によっては褒美をちらつかせ、個々の生徒との関係の親密化を図るなど、手を変え品を変え生徒とチームになる努力をすることが大切です。

 また、一方で、教師には理論が必要です。医師が診断を下すときには、医学の知識が背後にあると同様に、教師の指導法や仮説の設定の背後には、英語教育の理論や、これまで成功した指導例の知識が必要です。そのためには、拙著『はじめてのアクション・リサーチ』(大修館)を読んだり、これまで行われたアクション・リサーチの実践レポートを参照して基礎的な知識を得る努力をします。と同時に、同僚の授業を参観してもらい意見交換を活発にすることによって、英語を教えるプロとしての技能や知識や根性を身につけることが大切です。たとえば、クラスの「書く力」がテストで悪かったとして、「それでは、書く時間を多くしよう」と短絡的に考え、教科書のコピーや和文英訳だけをむやみに多くして満足しているようでは駄目です。なぜなら、「書く」ことができるには「読める」ことが必要だし、「読む」ためには「聞いて分かる」ことが必要だし、また、そのためには単語の練習が欠かせないからです。生徒の書けない原因がどこにあるのかを体系的に探り、それへの対応を考えた仮説を立て、授業を実践することが必要です。

 最初の質問に戻ると、結局のところ、自分の立てた仮説に自信を持つには、生徒の実態をできるだけ正確に把握し、関連する知識や技法を身につけ、また、生徒と協働して問題解決に向かう姿勢をもつことが必要です。それでもまだ、不安が残るかもしれません。よい意味の不安は、常に心に隠し持つべきです。不安はあるが、自分のやってきたことと生徒の可能性を信じて、一喜一憂せずに前進し続ける教師を生徒は期待しているのです。大空に飛び出すギリシャ神話のイカロスのように、「勇気ひとつを道連れに」進んでこそ、プロの教師です。自信を持ってがんばりましょう。

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☆英語教員指導力向上研修メーリングリスト
 【授業改善プロジェクト担当】高等学校課 長崎政浩
 PHONE 088-821-4907 FAX 088-821-4547
<EMAIL> masahiro_nagasaki@ken2.pref.kochi.jp
<AR Navigator> http://kochi-e-project.blogspot.com/
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